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園長によって妊娠させられた女性とは?


「祈りの有無」のブログに、衝撃的なことが書かれていました。
 「ビラをまいている人からの情報があった。後になって貴重な報告になるかもしれない念のために記録しておく。」との書き出しで、次のように書かれていた文章です。

 「四月三十日午後二時三十分頃のことだった。真夏のような暑さだった。左京区高野泉殿町住宅地に各戸配布が一区切りがついて、大原街道南下中、通行人にもビラ配布中のこと。詳細な場所は高野玉岡町身障者スポーツセンタ裏であったそうだ。
 大原街道を北に向かって歩いて来た老夫婦にも一枚ビラを手渡した。立ち止まってビラを眺められ、『この幼稚園はうちの孫が二人通った、この園長は何で首にせんのか』と怒ったようにして呟かれた。そして『これ、妊娠したのだろう、相手は年をとった人だそうだ』と小声で続けられた。
 ビラをまいている人は『それ、相手は誰ですか』と確かめると奥さんは傍で遮るようにして、『いや良く分りません』と、ご主人の発言を制止された。」

 去年の11月23日に出された「常置委員会特別報告」の一部に次のような文章があったのを思い出しました。そこに書かれていたH司祭による被害者Bさんが、もしかして上記のご老人のおっしゃる、園長によって妊娠させられた女性である可能性があるのではと思ったのです。以下は「常置委員会特別報告」の文章の一部です。

「11月 2日(金)
 Bさん本人、付き添いの方、高地主教、柳原司祭、宮嶋司祭の5名で、原田元牧師宅を予告なく訪問。直接面談を行い、約3時間の話し合いが行われた。
 席上被害者のBさんは、被害にあった当時の様子、その時の気持ち、また、現在まで続く様々な精神的ストレスなど、Bさんの関係者の苦しみも含めて明らかにし、厳しく元牧師を追求した。
 はじめ、弁解や否認をする様子も見せたが、ついに、原田元牧師は、その被害者Bさんに対する性的加害の事実を認め、「申し訳ありませんでした」と口頭での謝罪を行った。そこで、確認のためその場で、被害者Bさんに対する加害の事実と、謝罪の意を表す文書を書くよう求めたところ、原田元牧師はそのようにし、署名捺印した。」

 もし、Bさんが、H司祭の行為によって妊娠してしまった女性だとしたら……、 「被害にあった当時の様子、その時の気持ち、また、現在まで続く様々な精神的ストレスなど、Bさんの関係者の苦しみ」という文章で表されていることが、痛いほどよく分かるではないですか。もしそうだとしたら、Bさんは、一生その苦しみ、痛みを負って生きていかねばならないのです。

 高地主教、柳原司祭、宮嶋司祭は、この女性の話を聞いているわけですよね。BさんがS幼稚園の関係者の方だとしたら、「S幼稚園時代には問題はなかったので退職金の返還要求はしない」という言葉はどう考えたらよいのでしょうか。H司祭は謝罪文を書いたので、このことは何ら尾を引く問題ではない、とおっしゃるのでしょうか。Bさんへの性的加害がいつ行われたのか、公にしてください。疑惑は深まるばかりです。
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マラナタ!


<被害を受けられた方の苦しみも、憎むべき者の罪の重さも、それを放置した者の責任も、そして私自身と子供たちも汚されてしまったような哀しみを、卒園生という「当事者」であるがゆえに、私は管理人さん以上に身近な痛みとして感じております。>

 このように語っておられる卒園児のお母様。「当事者」であるがゆえに<身近な痛み>を感じておられるとのこと。大きな痛みを負われた「当事者」として、なんらかの行動をとらざるをえない衝動にかられておられることと思います。

 地元にお住まいであられるのですよね。ぜひ、卒園児の父兄で、このことに<痛み>を感じ、「誇りある」幼稚園へと秩序回復を願う方々と手を取り合って、何らかの行動を是非起こして下さい。

 「チラシを配るのは暴力的」であると思われるのなら、より有効な方法をお考えになって、不正をただして下さい。あなたのお子さまが成長し、ご自分で子どもを育てる年齢になったとき、「過去に心を痛める問題があったけれども、その後きちっと対処してくれたので、今は安心して子どもを聖光幼稚園に入園させられます」と言えるためにも。

 それが、「聖光幼稚園を守ろう」ということではないでしょうか。婦人宣教師の熱い祈りと子どもたちへの深い愛情で生まれた、歴史あるすばらしい幼稚園ではないですか。どんなに多くの先生方が、愛と祈りをもって子どもたちを育んできたことでしょう。多くの、多くの方たちが、「一日も早く、問題を解決して欲しい」と、涙をもって祈っておられることと思います。

 このままでは、痛みと苦しみが増すばかりです。北森嘉蔵という神学者の、「神の痛みの神学」をご存知ですか。神が、腸わたがねじれるほどの苦しみを感じておられる、というのです。イエス様も、「飼うもののいない羊」をご覧になって、この痛み、はらわたがねじれるほどの痛みを感じられた、と聖書にありますよね。

 被害者の<痛み>、聖光幼稚園を愛する方々の<痛み>、<神の家>で、不義がまかり通っていることに、はらわたがねじれるほどの怒りを感じておられる方の<痛み>、この<痛み>は、神さまの<痛み>でもあるのではないでしょうか。

 主よ、共に<傷まれて>おられる主よ、来て下さい。マラナタ!

 

チラシの配布がなぜ「暴力」ですか


 4月23日に書き込まれた「FH司祭問題を駁す」のブログでは、「卒園児の母親」と名乗られる方が書かれたものに対し、色々な方が意見を書かれていますね。「卒園児の母親」と名乗られている方の意見を読ませていただきましたが、この方は「糾弾」の矛先が違っているのではと、考え込んでしまいました。

 「正義をふりかざした手段を選ばない情報による暴力」と言っておられますが、チラシ配布という最終手段を取らざるを得なかった、これまでの長い経過というものを知っていただきたいと思います。「権威をふりかざした手段を選ばない暴力」を、私は逆に主教を始めとする京都教区の対応に感じてしまいます。

  「被害者や関係者の心を土足で踏みにじり、

   配慮のなさを正当化する。」

 この言葉は、どこかで聞いたことがありますよ。「被害者は、そっとしておいて欲しいと思っている。騒がないでもらいたい。迷惑している、と言っているのだ」と、どなたかが文書で発表したではないですか。

  「あなた方が本当にめざすべきもの、正義はだれのためですか?
   幼いこころの平安も、そのなかで考慮されることではありませんか?」

 「正義、正義というな。子どもの心がかき乱されては正義もへったくりもないだろう。子どもの心の平安は正義にまさる。騒ぎ立ててもらっては困る。それは、子どもの心の平安がかき乱されるからだ。牧師への信頼、キリスト教への信頼が壊されるからだ」ということですね。

 あなたがアメリカ人だったら、「ネイティブの方たちに対する白人の差別的歴史を反省しよう」という動きが起こったときに、「こどもたちは、建国の歴史に誇りと信頼を寄せています。開拓者たちが、差別的な人間だったというような情報は子どもたちの平安を失わせることになります。こういうことをしてきた、それは誤りだった、というようなことを知らせることは情報の暴力です。」と言うのでしょうか。


 1985年5月8日、ヴァイツゼッカー大統領は“荒野の40年”の演説で、真底、ユダヤ人弾圧、ホロコーストに対する反省と哀悼の意を表明し謝罪し、戦争責任を表明しています。子どもたちは、過去の過ちをしっかりと見つめることで、新しい歴史を刻んでいきます。

S教会でも複数の女性に


 今日の「祈りの有無」というブログを見て、次の言葉には衝撃を受けました。 

 「大和高田教会では手当たりしだいであったという話も耳に入ってきているし、京都のS教会でも複数の女性に性犯罪が続いていたことははっきりしている。」

 H牧師から性的虐待を受け、名乗り出た方が6人であって、名乗り出られない方がそのほかにもまだおられるだろうと思っていましたが……。「手当たりしだい」だったとは。

 「京都のS教会でも複数の女性に性犯罪が続いていたことははっきりしている。」とありますが、このブログをお書きになっている方は、証言を得ておられるのでしょう。

 M司祭さんはS幼稚園の理事会で「17年間に勤務上の問題があれば(退職金の)支払いは問題があるが、そうではない」という趣旨のことをおっしゃったと、「祈りの有無」(4月7日)にありました。

 複数の女性に性犯罪を続けていたことがはっきりしていると、「祈りの有無」を書かれている方はおっしゃっていますよ。S幼稚園の理事会の方にお願いします。御自分たちでお調べになってください。何もなさらないということになると、疑惑はますます大きくなります。

 それとも、どうしても退職金をH牧師に支払わねばならない何か理由があるのでしょうか。H牧師は、その退職金を、慰謝料と裁判費用にすでに使ってしまったのを知っているので、返還を言い出せないのかしら……など、いろいろと考えてしまいます。でも、そういう問題ではないでしょうに。
 

「猥褻 免職」のキーワードで検索すると


 「猥褻 免職」のキーワードで検索すると、色々なケースが出てきますが、すべて猥褻行為をした本人は懲戒免職です。これが世の中の常識でしょう。性的虐待行為を続けていた原田司祭をかばい続ける聖公会京都教区の常識とは、大きくかけはなれています。

 以下の引用は、先月に鳥取県であったケースですが、この場合も、問題を起こした本人は即刻懲戒免職処分にされています。


 「鳥取でわいせつ先生を懲戒免職、校長も『親は納得』とうそ

 鳥取県教育委員会は(3月)20日、女子生徒にわいせつ行為を繰り返したとして県立高校の男性実習助手(37)を懲戒免職処分にしたと発表した。同時に、生徒の保護者から苦情があったにもかかわらず助手の言い分を信じて十分な調査をしなかったとして、同校の校長を戒告処分にした。

 県教委によると、助手は平成18年9月~昨年12月上旬、部活動で遅くなった女子生徒を車で自宅に送る際、キスをしたり体を触るなどした。『生徒に好意を抱いていた。生徒を傷つけたことは申し訳ない』と話しているという。

 昨年末、助手が生徒にあてた携帯メールに気づいた保護者が校長に相談。しかし、助手が否定したことから校長は十分に調べず、県教委に『問題ない』『親から納得も得られた』と虚偽の報告をしたという。」

 「日本聖公会にもの申す」というブログに書かれていましたが、原田司祭はS教会に移り、S幼稚園の園長であった時も、性的虐待行為を続けていたそうですね。それでいて、園長を退職するときには退職金が支給され、退職しているのです。S幼稚園の監事の、退職金返還要求にも、現理事長は耳を貸しません。

 鳥取県で起こった上記のケースでは、加害者は「生徒を傷つけたことは申し訳ない」と、行為を認め、反省しているのですが、原田司祭の口からは「申し訳ないことをした」との言葉は出てきません。

 この教派の神学校では「キリスト教倫理」のクラスはないのでしょうか。原田司祭の事件と、京都教区の対応を事例として、「キリスト教倫理とは何か」ディスカッションしたらいかがかと思うのですが。
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